町工場=孫請け 「上」

ブログ担当「せん」です🙇‍♀️

 

この業界の課題を発信していけたらと思い、色々と調べたり聞いたりした事を個人的な目線で書いていきたいと思います🙂w

 

①町工場が盛んになっていた時代

日本にある工場の内、99%以上が従業員300人に満たない中小町工場です。

日本の産業を支えているのも町工場であるって事を知っている人は少ないと思います。

私も、調べるまで知りませんでしたw

 

工業が盛んになり始めたのは1960年代。

今から約60年前。

高度成長期を支えた、町工場。

 

確かに、60年前と今を比べると社会はものすごく変わっていますよねw

 

携帯電話が無い時代から、今ではスマホに変わってますよねw

 

当時は、たくさん鉄工所があった時代で、仕事の量も常に溢れていたそうです。

各工場が、各々違う機械を持って工場が集まり「企業団地」というものができ、

企業団地に仕事を持っていけば1から完成まで出来上がると言った製造ラインが出来ている。

効率の良い取り組みです。

今では、海外に仕事が流れ後継者も減少し、昔のような活気ある企業団地も減ってきています。

同業種であれば、「どこどこより早く、良い製品」ってのが町工場のブランドイメージになっていたのでしょう。

 


 

②商社、いわゆる町のブローカー

商社と聞くと大手企業のイメージがあると思います。

町工場の中には、機械を置いていない町工場があります!

簡単に説明します。

 

お客様から仕事を取ってくる知っている工場に加工の依頼をするお客様に納品をする

この様な町工場を、ブローカーと言っています。

まあ、まさにブローカーですねw

 

高度成長期で忙しい時期、「職人さんの管理」をブローカーの人たちは管理をしていたそうです。

「管理」と言ったら嫌な言い方になりますが、

昔の職人さんたちは、「その日の酒代を稼げれば良い」としていた職人が多かったみたいw

中には真面目な方達もいますがw

 

癖の強い人が多いイメージはありますw

 

なので、「ちゃんと納期に間に合わせてもらえるか」「出勤しているか」この様な職人さんと上手に付き合いながらブローカーの人たちは仕事をしていたそうです。

 

ブローカーは如何に、「良い工場良い職人を見つけるか」がキーポイントになっていたそうです。

確かに、良い工場を見つけて良い製品を製造してくれる事がお客様に対しての信頼に繋がりますね!

 

せっかく見つけた職人さんや工場は誰にも教えたくなくなりますよね!!

 

 

続く。。。

 

(有)泉寿工作所・株式会社Cenju

ブログ担当「せん」